雑詠抄
食みこぼすことの多くて秋の暮
晩秋や遠くを音もなく電車
晩秋の人馬共に見えず昼
水流の二つに割れて秋の行く
取り戻すことなく秋の日の行けり
濁世とも浮世とも柿の実の熟す
木守柿残し村落捨てらるる
けふの日の始めを告ぐる鵙の声
鵙高音朝の食卓ゆで玉子
艱難も辛苦も夢のレモンかな
敗荷の敗れつぷりを愛でにけり
破芭蕉レンガ造りの写真館
こころにも鬼の棲む場所鵙の声
久々の晴着となりし残る虫
足音のあとからついてくる暮秋
矜羯羅も制吒迦童子も菊日和
逆行の中を人来る菊日和
鶴翼の陣形組んで七五三
こどもより親の真顔も七五三
渋柿の熟すを待てる月日かな
渋柿や伝うべきこと伝はらず
渋柿の渋のごとくに齢過ぐ
末枯るる一本大樹くろぐろと
自らの己の影の末枯るる
天野原ふりさけみれば末枯るる
噴水もブロンズ像も末枯るる
時々は忘れてしまふ一の酉
露じめり背負うてをれり交差点
なんやかや摑みかねゐる秋の暮
露じめりつれて外での浮き浮きと
十ほどは喰はねど柿を食うべけり
鰻屋の呼び込む声の菊日和
子の遊ぶやうにころころ芋の露
梅雨しぐれポルシェの形残しけり
晩秋の山野の深くたそがるる