雑詠抄
ひまはりやなりなりてなりあまるもの
松あれば風あり蟬の声のあり
風雲の急を告げゐる百日紅
人間にかかわりの無き蟻地獄
突かれたることを定めの心太
人招くかたちに泳ぐ氷旗
かき氷秘密袋のきりきりと
新宿や鋸に輓かるる夏氷
釣忍ぶ購めて電車の中なりし
蟬声や四方八方きな臭し
さるすべり武家の屋敷の曰(いわく)窓
蟻の行く参勤交代するごとく
あれは彼これは誰とぞ螢狩
消えて行く螢のいのちとこしなへ
三つ指をついて猫ゐる端居かな
京終(きょうばて)とふ駅に降り立つ蟬の声
新聞の記事の歪める金魚玉
風鈴の朝晩ごとの音色かな
古今集真名序仮名序や落し文
いつの間に荷物に混ざる落し文
踏み入りて素足よろこぶ石磧
雲の峰しづかに水平線騒ぐ
サーファーの波のくづるる雲の峰
没したるサーファー現るる雲の峰
夏草やみえぬいのちの犇めける
夏草へボール没してしまひけり
夏雲の成長見ゆる太平洋
黒潮の流るる上を夏の雲
五つにはあらず七星天道虫
鮎を食ふ田沢湖秋田駒ケ岳
標識に目的地の名夏薊
炎昼の時をたがへず時計鳴る
炎天をひらりと行つてしまひけり
羅の帯に納まる扇かな
掛絡(から)つけし僧と出会へる合歓の花
夏草や形なさざる家ありて
炎熱をただ粛粛と行きにけり