雑詠抄
かつてありし絵踏の日和といふべかり
聞こえねど声をあげゐる蕗の薹
大石を背負うて蕗の薹の出づ
大地より抓み出さるる蕗の薹
隠れ切支丹館から冴返る
春泥をもろうて山の帰り道
熱湯をくぐりて若布緑色
曳きずりつ若布担ふを見て過ぎし
行くほどに春光撥ねる忘れ潮
おぼろ夜の下戸には下戸の壺中天
門内の沈丁の香の恐ろしき
沈丁花擦り傷傷確かに樞孔
秘宝館と言ふには言へど沈丁花
石ころも木の根もありて青き踏む
生ぜしも死するも独り青き踏む
溜息か微笑の形(なり)かうすらへる
薄氷のなりなりてなりたらず
一生をたとえて言はばうすらへる
しつかりと石を咥へて薄氷
青き踏む極楽などへ行くやうに
踊るならキューバンルンバ春の月
青き踏む確かに地球足の下
胴回り四尋の杉の孫生える
小面の瞳の☐冴返る
離見の見などと言いつつ青き踏む
鉛筆を削てをれば春の風
胸襟を拡げてみれば春の風
春光を猫と分かちて鼻すする
春燈下出でます豆腐ぶるるるる
八朔柑雀も目白も来るなり
行く先を雀わらわら山笑ふ
身の回り片付け了る春の風
蔵本の始末し終へる地虫出づ
沈丁花鬼籍の人と逢う如く
半生を刻める一句地虫出づ
地虫出づ知恵の泉を連れて来よ
八朔柑どこから皮をむきだそか
予感あるままに余寒の日なりけり
浜焼の店の余寒の床の上
御仏の周りを巡る余寒かな
転座らの顔寄せ合へる余寒かな
鎌倉へ行く日の朝の冴返る
百幹の竹の微光の冴返る
冴返るものに竹林日の射せる