以後

 

当月◆トンボ雑詠抄へ

 

 

◆トンボ雑詠抄

月報2020・9月号・別冊 ※ 2020・8月詠

雑詠抄

 

金風や生保内節の聞こえくる

色の無き風や御弾き弾かれる

秋風の鎌倉宮を襲ひけり

戸のひらく人より先を秋の風

秋風や魚拓たんぽぽ揃へある

行く先は見えねど消ゆる夜這星

失ひて困るもの無し天の川

天の川遡上つづける夢覚める

一声の笛の響ける天の川

ささがにの蜘蛛の囲越しの天の川

いわし雲三匹猫の揃ひたる

梯子では届かぬけれど秋の雲

秋雲へ愛憎半ば託しけり

天高き海中いよいよ深まれり

列なりて秋の蝶行く空の道

秋天をめざす蝶あり蝶連れて

保留音つづく受話器や秋暑し

新涼や次第の笛の指づかひ

貫入の茶碗めでたし涼新た

割箸を割りて秋めく胡坐かな

回転扉押し出されゐて秋暑し

秋いよよ深入り過ぎし殉教史

貫入の音のぴしぴし秋の来る

秋立つやかの高原へ風の立つ

秋立つや寿司屋の御茶も生姜にも

初秋や谷中の坂の千代紙屋

行合の空や麺棒取り出せる

消えゆくは消えるにまかす秋の声

金箔を置けば秋風生れけり

秋の日の大黒柱温しとも

秋の風猫のポーズをとりながら

夕暮やガントリークレーンや秋の色

湾上へ出て見ゆ陸(くが)の晩夏かな

 

 

 門」主宰・鳥居真理子の一句鑑賞

 

 ●薫る風白玉楼を知らねども  トンボ

 

 文人が亡くなることを「白玉楼中の人となる」という。それしても「薫る風」「知らねども」のさりげない言葉がやはり巧者。作品から豊かな香りが漂ってくるようだ。言葉の斡旋に揺るぎがない。

 

次回からこの欄、「俳句月報・付録」から「トンボ雑詠抄」と変更となる予定です。

 

月報2020・8月号・別冊 ※ 2020・7月詠

雑詠抄

 

松の風円光つくる水すまし

激流の飛沫の端を水馬

あめんぼう己が光背生みながら

法華寺を次の寺へと道をしへ

天道虫駄作作者へ来てくれる

かなぶんのやたら飛び出す墜落す

死してなほ玉虫色を尊ばる

夕される泥棒歩きを羽抜鶏

足元を団扇で叩き立ちあがる

抽斗へ扇の溜りゆくばかり

掛香や金平糖もてもてなさる

銭湯の迎へてくれる蚊遣香

千里きて目差す旗亭の氷旗

水飯を箸楽しげに啜りけり

幽霊画見てきて使ふ衣文竹

いま縫ふは誰ぞ着用白絣

すててこを今も愛用して読書

もう用はないと思へど夏休み

片蔭を拾うて行けば警察署

差し掛かる回向院前油照

西日射す電車の席のどこへでも

夕焼の雲の下行く乳母車

涼風や吹きくる方は見えねども

マネキンの人形の裸夏の果て

石垣へ手を触れ灼ける平和かな

河川敷炎暑の声を響かせる

溽暑とも極暑とも言ひ争える

細胞の汗の噴き出す大暑かな

大砲の神社へ眠る大暑かな

大暑来る心頭滅却してをれど

土用入り御大師様へ来ていたる

炎昼の馬券売場の戸を閉す

炎昼の駅舎にありし大時計

炎昼や疫病怯むことの無き

疫病をいなしてをれる夾竹桃

 

月報2020・7月号・別冊 ※ 2020・6月詠

雑詠抄

 

老鶯やコック帽にて迎えらる

母の齢まだまだ遠し仏法僧

あの声を慈悲心鳥とぞ申さるる

まむし酒何年物と云われても

蛇焼酎揃うてをます錦町

山門の梁を柱へ青大将

イヤホーンの洩れる音する夏の来る

くちばはや小学校の通学路

くちなはと言うても蛇とは言はずゐる

振向ける蜥蜴の後をつけて行く

引付きて忍者のごとく守宮ゐる

家守るやうに構へるひきがへる

張りぼてにさも似てゐるやうにひきがへる

牛蛙賢人誰ぞの声ならむ

夕河鹿裸の見ゆる対岸湯

川原湯にはだかの見ゆる河鹿笛

まだ知らぬ薬狩などしてみたし

瀧落ちて華厳浄土を開きゐる

東京のビルの輝く梅雨晴間

この頃の世情を走る火雷

牧場へ氷雨の襲ふ暗さもて

虹立ちてゐる間を時間豊かなり

砂埃駆け抜け行ける白雨かな

銭湯に足止めさるる白雨かな

降り出して嗚呼と声出す虎が雨

火葬場も民家の屋根も梅雨深し

信号の青と変れる青時雨

対岸は茅花流しの草野球

南風海軍カレーの飲む牛乳

大南風クルーズ船をつれてくる

死火山といふ語滅びる雲の峰

夏雲の形変えつつ急ぎゐる

短夜の録画予約の点灯す

明易しけふの算段二つ三つ

梅雨寒へ注げば香の立つハーブティー

梅雨寒し電池の切れる電子辞書

神保町三省堂へ五月雨るる

夏籠の清滝山正王寺

 

月報2020・6月号・別冊 ※ 2020・5月詠

(雑詠抄

 

 

蚊遣香渦巻く灰を残しけり

蠅一つ乗りて動かぬ蠅叩

蜜豆は銀座の生れ走り梅雨

白玉や東叡山寛永寺

都合よく噎せて終らす愚痴話

氷菓子新幹線へ持込めり

清水の舞台の下の氷旗

飲み終えてカチンとラムネ瓶返す

葛水や天守も茶屋も松の風

朝昼夕まづ一杯と麦茶かな

鴫焼を一品として不足なし

われよりも古き人居ぬ冷し瓜

削り節冷奴の上踊りゐる

灯の入る矢来の竹や冷索麺

冷奴大山豆腐と申さるる

黒文字を最後に使ふ夏料理

柏餅有間皇子のことなども

夏料理川の流れを下にして

汗手貫(あせあせてぬき)若年僧のしてをれり

白靴の爪先汚す悔悟かな

夏帽子胸へ抱へて挨拶す

麻服の皺を増やせし日の遠し

更衣真白きものに手を通す(あせ

足元のややにさびしき浴衣着る

岩清水這いつくばって啜りけり

水筒へたつぷり飲ます岩清水

救急車走り駆け行く日雷

足袋処めうが屋や走り梅雨

物音に窓を開ければ氷雨かな

風薫る遊覧船は海賊船

薫風や六百巻の経の箱

一山の壁としてある青嵐

風薫る丹後ちりめん織る音も

一山の象の糞ある青嵐

毛の国の古墳を渡る青嵐

面に籠手脇に抱へる青嵐

背を押してくれてうれしき大南風

夏空へひつくりかへる舟の底

ニコライの鐘の鳴りだす青嵐

六月やどこへ行つても水の音

上へ向く蛇口の並ぶ夏の子へ

デパートの香りさまざま夏はじめ

ゴーグルの中に顔ある夏の山

芍薬や語り継がるる王昭君

 

月報2020・5月号・別冊 ※ 2020・4月詠

雑詠抄

 

惜春のことば呑み込む惜む春

春惜む当麻蹴速(たぎまのけはや)思ひつつ

蕎麦掻をぐりぐり掻きて春惜む

俳諧のともどち惜む春惜む

春惜む諸人こぞりとこしなへ

行く春を旅にあらねど迎へけり

行く春のこけし弥次郎八十翁

行く春を家に居つける猫二匹

行く春の壺中の天の在り所

行く春やくるりと烏賊の皮剝げる

行く春や毀れるままのマンドリン

体温計マスク揃へる暮春かな

連日を家に籠りて春暑し

他人事の八十八夜となりゆける

春深し習へる算盤出できたる

隅々へ音の経巡る穀雨かな

地震(ない)走る田鼠鴽(でんそうずら)と為るときに

甲冑の置かれ花冷勝りけり

花冷やマスクに顔を隠しても

人間に尻が一つや春愁い

掴みゐる硬貨の匂ふ暮春かな

老人と老人言へる暮春かな

籠りゐるコーヒーゼリー苦くとも

海胆割りて久闊叙してをりにけり

 

 

月報2020・4月号・別冊 ※ 2020・3月詠

雑詠抄

 

花冷の三幅対と青畳

彼岸寺見掛けぬ顔の線香番

涅槃図の薬袋と摩耶夫人

涅槃図の象や鼠も泣き通す

ヘルン居の跡地学校春蚊出づ

廃業の接骨院の燕の巣

寝釈迦から零れ落ちたる雀の子

鳥雲にかつての名刺出で来たる

鳥雲に入りてまた逢ふ日を待てる

蝌蚪生れて幼馴染の散り散りに

鶴翼(かくよく)の陣形崩す蝌蚪の陣

伝令のごとく蝌蚪来て引返す

馬の子の生るるまでの黙深し

花冷や此の世彼の世の区別なく

いつの世も誉めはやされる飛花落花

瑞龍の松全身へ緑立つ

相生の松にあらねど松の芯

山吹をかき分け行けば枯山水

リラ冷えの遠き記憶の中に立つ

ひとひらの何に遅るる落花かな

遅桜ゆるりゆるりといふ人ぞ

吾が為と待つてをりしか遅桜

訪ね来て枝垂桜に抱かるる

この頃ゆ旅信書かざる山桜

瀧音の響に生るる山桜

山桜只事ならぬ人と見ゆ

踊らざる者こそあはれ花の下

花万朶店内暗く差入屋

花あれば花にぞ狂へ憂き世なら

一刹那ほどの臨死も花の山

花あれば花よと遊ぶ憂き世かな

反り橋を渡り平橋夕桜

野良猫の三匹居つく桜橋

さくら降る象にも人へキリンにも

人動くたびに桜のはらはらと

咲き満ちてさくらの白き道生る

桜見るためのいのちを残し行く

あひ見ての後の心の朝桜

一本の流れとなりて春の川

見えねども音にて在りし春の川

 

月報2020・3月号・別冊 ※ 2020・2月詠

雑詠抄

 

殿を確かめられて山笑ふ

行列の列のばらけて山笑ふ

道祖神ひくり返つて春の山

どんと打つ太鼓の響く春の山

佐保姫へ文書く筆を選りにけり

竹林をしつぽり濡らす春の雨

決着は首の差なりし風光る

春一番烏鷺の争ひ嗜まねど

参道に売らるる雛(ひよこ)涅槃西

東風吹かば血管青く浮かび出る

ガンダーラ生れの寝釈迦春の風

飛天女の笛を吹きゐる春の風

物思ふゆゑにわれあり春の闇

目に見えぬものの出で来る春の闇

己がじし動き出したる春の雲

うららかや足の裏へと寝釈迦佛

触れねども観自在菩薩あたたかし

その人の来れば一座のあたたかし

風立ちぬ鷹は鳩へと竜天へ

向ひ鳩見上げて春のまだ浅き

鷹鳩と化していただく鳩サブレ

鷹鳩と化して連なる曰窓(いわくまど)

よく育つ眉毛の白髪春浅し

きさらぎや電線家々込みあへる

きさらぎや指につまんでにぎり鮨

春めける犠牲動物供養塔

きさらぎや長首シャツへ首通す

春浅し観音様へ川渡る

山と里神の入れ交ふ春の風

針山の針のおしやべり春めける

切株へ坐して四方の春景色

この先の道こそ無限蝶生る

春なれや造り酒屋の暗さにも

潜戸をくぐりて暗き春の家

 

月報2020・2月号・別冊 ※ 2020・1月詠

雑詠抄

 

雪の降る昭和平成令和にも

寒蜆箸の作法のややこしい

寒鯉や警策棒を打たれ来て

寒烏小学校へ揃ひけり

寒雀門前雀羅を賑はしぬ

蕪村忌や苦言加へることはせず

数人とは言へど確かに寒念仏

梅ぽつり少彦名命(すくなひこな)を祀る杜

寒施行門前雀羅と言ふけれど

総身の氷柱となりて九輪塔

凍瀧や矜羯羅童子(こんがらどうじ)顔赤く

鬼瓦垂氷(たるひ)の軒を統(す)べにけり

一歩行き一歩を戻る氷湖かな

まづ一歩足を下せる御神渡

風花の辺りに消ゆる笙の笛

風花の凡そは行方知れずなり

雪晴の家居の中の真暗がり

雪女姥捨山を捨てて来し

雪女馬に攫はれ行きにけり

雪女ましてやあの世の雪女

雪像の中へ消えゆく雪女

怖ろしと此の世を嘆く雪女

何が無し心の残る冬の去る

寒卵割りて手鞠のごとく跳ね

誰と会うふ約はなけれど春を待つ

春を待つ千手千眼観世音

雪折れの枝を増やして春を待つ

鳥獣草木悉皆春を待つ

遠く見るたびに口開き春を待つ

春を待つ会心の作待つごとく

石に腰下ろして三寒四温かな

言ふなれば三寒四温の暮らしぶり

吸ふ息を温めて返す笙の笛

名に残る三次郎一橋寒九郎

四海波静かに寒の来たるなり

雪折れの香りの届く露天風呂

大寒や行方知れずの水無瀬川

大寒の水を割裂く橋の杭

大寒の陸襲える波頭

一月の山の坐りて瑞々し

一月やそれぞれ身銭を成田山

PDF添付のメール小正月

 

月報2020・1月号・別冊 ※ 2019・12月詠

雑詠抄

 

湯の滾る音の中なる十二月

欲しいものあるようで無し十二月

淋しさに書店に入る十二月

十二月雑木林の美術館

極月や一際高く声交す

極月のアメヤ横丁声ばかり

年の瀬の十二神将虚空蔵寺

行く年を行くにまかせるとんがらし

年惜む齢を惜しむ浅草寺

冬の日や声をたてれば猫の来る

冬の日のけふは新聞休刊日

時刻表飽かず見入る日の短か

武具肩へ背負ふ子の来る日の短か

息継ぎをたつぷり深く返り花

顔に鼻冷たきものとしてありぬ

鷹の威のありありとあり鳩烏

鷹の来て光る一瞬摩崖仏

何やらを掴み鷹来て去りにけり

梟やアイヌ集落闇の中

梟や刺青隠して人の居る

一羽行き後追ふ二羽の浜千鳥

かいつぶり水の都を見てきたか

あひみてののちのこころのかいつぶり

あの世即此の世なりけり返り花

返り花貧乏神とあひ和して

返り花一山何の音もなく

背中いますこしく痒し返り花

八つ手咲くころや出会わぬ箒売

茶の花の蕊の黄金や閻魔寺

両手もて蜜柑を喰える蜜柑山

蜜柑山海の青さも青空も

向き向きを同じにアンテナ木守柿

宇宙から見えぬけれども木守柿

風の来て動く落葉の末知らず

トラフグの虎河豚ぶりを糶られけり

冬紅葉次のバスまで一時間

嫗らの寄りて輝く冬紅葉

あつめたる光ぞ神ゆ冬紅葉

指差して声にも出して冬桜

冬桜安行領家といふところ

けふの白確かと白なり冬桜

冬紅葉滴滴滴と露零る

 

 

月報2019・12月号・別冊 ※ 2019・11月詠

雑詠抄

 

冬眠の蛇の睦むを思ひ寝る

冬眠のいびきのごとく山の音

使はれぬ壁炉蔵セル冬館

納豆に納豆臭のなき恨み

寄せ鍋や身も世のあらぬ話題出て

きりたんぽ山谷初男の死亡記事

鯛焼きの餡に舌焼く愚か者

手袋を脱ぐ間も惜しき握手かな

手袋をはめれば己が手に非ず

失くしたる記憶襟巻見るたびに

全身を隠す仕度の冬帽子

冬帽へ眉までかくす男かな

冬帽を脱ぐや黒髪ぱらと出づ

被布を着て刀自と云はるるひとの来る

セーターの首まで出して手を出して

心やや残し素通り毛皮店

着ぶくれて電車も世間も狭くする

着ぶくれのからだを折つて笑ひけり

蒲団干すビニールハウス屋根の上

子が駈けてどつと子を追ふ七五三

定年の後へも勤労感謝の日

狐火や五重塔のありし跡

手に掬ひ形にならぬ初氷

ローマへと道のつながる枯野かな

捜索の犬が先立つ枯野かな

人が道つけてゆくなり大枯野

枯野から戻りし四肢の火照りかな

馬の放る(まる)湯気の立ちゐる枯野かな

山眠る上をに源氏平家星

齢加へ行くかにしぐれしぐれくる北風へ真一文字に向ひ行く

木枯の赤き灯青き灯メトロ出る

木枯や首を継ぐ痕馬頭尊

旧吉田茂邸なり返り花

冬の夜の何をするにも音の立つ

短日のステンドグラス明り点く

冬めける右岸のビルの影ばかり

冬めける神宮館の暦売

大根の葉をゆさゆさと帰り来る

月報2019・11月号・別冊 ※ 2019・10月詠

雑詠抄

 

むきになるつもりなけれどくるみ割る

ポケットにあるは栗なり峠茶屋

磨かれて肌(はだへ)照り合ふ林檎かな

柔肌のごとく熟柿へ触れにけり

バス停に学校の下柿実る

浅草や天ぷらそばと麦とろろ

到来のからすみ行方不明なり

一箸のうるかの味の旅愁かな

馴染ゐる歳時記なりし菊膾

軒軒へ柿の干されて人見えず

柚味噌のありて居住まい正しけり

二箸の柚味噌あれば満腹に

栗飯の黄金の粒を愛でてをり

零余子めしとうらいとうらいてんこ盛り

古酒に酔ひ新酒に酔える歌踊

気の付けば十日の菊の首尾なりし

老人になかなかなれぬ菊膾

穭田の未練がましき実りやう

本心を隠す顔する露や寒む

紅茶飲む声のかかれる冬隣

冬隣藁焼く煙道塞ぐ

ことばには出さずに秋を惜みけり

地下鉄の電車来る風秋の行く

馬は尻左右に振りて秋の行く

秋の行く本家元祖の競ふ町

電線の込み合ふ町の秋の暮

足竦む吊橋上の秋深む

風来ても巨岩動かぬ秋日和

此の秋の常と変らず深み行く

散髪を終へてぞ秋の過ぎ行ける

停電といへるものなり冷まじき

霜降や香を聞くとふことのあり

積読の本の崩れる秋の暮

顔撫でてはや朝寒の日なりけり

一言で言へば阿吽の呼吸うそ寒し

やや寒を託つ顔あり喫茶店

秋寒と言ってしまへば秋寒し

十月の肩へ重たき日射しかな

晩秋の氷川神社へ用もなく

十月や像は耳立て風を聴く

菊月の天神様の菊人形

玉砂利の音の晩秋深めゐる

音もなく晩秋の寄り来るは

 

月報2019・10月号・別冊 ※ 2019・09月詠

露の川うんたらたーかんまんと

袖濡らし両手で持ちて柿を喰う

花芙蓉くづれしままにあるばかり

地に落ちし芙蓉の花の末期かな

酒蔵の帳場の前の酔芙蓉

酔芙蓉壺中の天とぞ宣へる

底紅や倉持つ家の破れ垣

金木犀空家の庭へ香の満つる

金木犀郵便ポストまでのこと

金木犀町内ひとりまた逝けり

受答へ放屁虫にもさも似たる

何でまた鬼の子などと云はれゐる

蓑虫の顔まだ知らず付き合へり

風の吹くままに蓑虫過ごしけり

蚯蚓鳴くことなどあらず蚯蚓鳴く

目の覚める夜中の三時蚯蚓鳴く

ひぐらしの京終駅を発ちにけり   ※京終は、きょうばて

襤褸まとふ姿加へて鮭の川

鮭を打つ棒のごろんと休みゐる

一刀のごとく秋刀魚の美しく

秋刀魚焼く炎あげねばさにあらず

水揚げの鰯の連れて来し白銀

落鮎のはねて見せてもしやうもなし

雁渡るブルーシートの屋根の上

妹背鳥仏足石を敲きけり

過去は見ゆ未来は見えず鵙の贄

鵙の贄半信半疑の顔をして

登窯朽ちてし鵙の猛るのは

鵙高音人にも絶叫したきとき

小鳥来る子供も親も駄菓子店

小鳥来る金剛合掌ほどきけり

色鳥のまづ来て朝のはじまれり

色鳥の翔つときひと葉溢ちけり

毎日が日曜なりし渡り鳥

仏塔の方位測れば渡り鳥

拘置所の高さの上を鳥渡る

目つむれば瞼の裏を鳥渡る

吾が気配察して動く秋の蛇

牧場の果てから攻めく馬肥えて

一頭の鹿の愁ひの両眼

一瞬の光と成りて鹿の飛ぶ

郷土館前に下車する秋祭

行く先もまたその先も秋祭

忘れゐるものひとつに赤い羽根

重九の日左富士山右筑波

 

月報2019・09月号・別冊 ※ 2019・08月詠

当月雑詠抄

 

石垣も松も騒げる秋の風

秋風の根こそぎ攫ふ紙風船

神保町書肆を出づれば秋の風

とにかくもこの秋風の懐かしき

飛行機の二機の行き交ふ天の川

ブランコへ加うひと漕ぎ天の川

天の川ブランコ漕げば渡れさう

金平糖ビー玉並ぶ天の川

月光を両手に受けてしをりゐる

月白や能の月見へ参るらむ

月光や門を固める門跡寺

門冠松の屋敷や鰯雲

松の木へ梯子のかかる鰯雲

秋雲や何に応へてきただらふ

ありがたうありがたうと赤とんぼ

恥かきて人は育ちぬ天高き

遺すものなどのなくとも天高し

秋天へルアーを飛ばす親子かな

手の届く筈のなけれど秋の雲

秋色や平家部落と誰云ひし

秋風の秋の音たつ破れ垣

千里ほど先の音する秋の晴

秋晴や木の根の道も石道も

身に入むや遠くなり行く筆硯

人去りて白露の闇の残りけり

千切木の役にも立たぬ秋の暮

魚川を跳ねてしまへば秋の暮

秋の昼吐息ひびけるカテドラル

染付の器の音も涼新た

ストレッチ体操終へて秋めける

 

月報2019・08月号・別冊 ※ 2019・07月詠

雑詠抄

 

川開蒲焼焼ける中抜ける

葛飾のフノリ干場の跡にゐる

引く草のかをりの中へ身を浸す

虫干しや己の身へも風入れる

成れの果てなどは見せざる花氷

干梅の一つ抓んで長生きす

水飯を箸の音たて啜りゐる

右方を上ゲて衣文竹一つ

汗手貫(あせてぬき)その若僧のしてをれる

夏帽子外せば見知らぬ人となる

夏帽子斜めにかぶり降り立てる

満員の電車に余る夏帽子

仕立ゐる浴衣はわれのものならず

すててこや季語の踏絵の項見てる

何するも手足寂しき甚平かな

鉄壁の構へうすもの五人組

白服で出番の減りし麦茶かな

エクセルの復習うける夏季講座

ほんたうはこはい植物図鑑夏休

会ふも不思議合はぬも不思議夏果てる

久々の青田の風を受く臍

いつか行くことになる場所お花畑(おはなばた)

秘め事の一つ抱へる油照

両眼の防ぎきれない西日かな

砂を置く仏足石や日の盛り

夕焼やまだ見ぬマディソン郡の橋

鐘楼の影の黒さも夕焼て

電線の込み合ふ町の夕焼かな

エシャロット腸をうごかす朝曇

涼風や高野山阿字観会

涼風の紙の浮き立つ写経かな

石垣のただいま石として灼ける

掌をひらけば白く夏果てる

むさぼりの心に適ふ炎暑かな

銅像の馬の灼けゐる炎暑かな

黙祷の肩を抑える極暑かな

馬とゐて大暑を言ふはわればかり

末伏の闇夜に猫の目の光る

やや歳を若く見られて梅雨明ける

新聞の訃報見ている小暑かな

彫深くトルソのありぬ晩夏光

 

月報2019・07月号・別冊 ※ 2019・06月詠

雑詠抄

 

八方に散りて育てよ子蟷螂

糸蜻蛉つるむ姿の美しき

風の来て風と気息の糸蜻蛉

頭上から蟬の声降る途上かな

蟬津々(しんしん)仏足石へひびかせる

禅寺や蟬の生るる穴の数

あるといふ六道輪廻半夏生

水馬終ぞ泳げぬままに過ぐ

あめんぼうぴんぴんころりの赤幟

ルンバなど踊つてゐるか水澄まし

忘れゐる箴言数多落し文

われのほかわれのあらざる半夏生

道をしへわが行く方へ行くばかり

斑猫(はんみょう)や埃の立てる海野宿

道をしへ海坂藩はどの辺り

揺椅子へ七星天道虫の来る

玉虫の写経机へ降り立てる

干し上がるシャツを放さぬ兜虫

将門の塚へ消えゆく黒揚羽

現るる悪七兵衛黒揚羽

海水を掬へば海月こぼれけり

耀へる茂吉のうなぎ鰻食ぶ

骨切りの痕を見せざる祭鱧

面体がどうであろふと虎魚揚

水揚げの鯖の走れる流転かな

金魚田を見回る男やり過ごす

何事か言うて口開く金魚かな

新月や鮎食うことに及びゐる

桶底へ囚はれをれる梅雨鯰

傘さして橋にかかれば濁り鮒

股立ちをとつてゐるのか羽抜鶏

炎昼や悉皆草木声立てぬ

  

 

月報2019・06月号・別冊 ※ 2019・05月詠

雑詠抄

 

自愛とふことばありけり薔薇を剪る

重なるも一本立ちも佳き四葩

あぢさゐの色におぼるる日のありし

紫陽花の己が重さの濃紫

高殿に眼下の薔薇を見て寂し

あこがれの城下鰈(しろしたかれい)まだ会へず

レストラン泥人形の目高鉢

行きずりの金魚問屋へ這入り込む

ぎやうぎやうしぎやうぎやうし世の中かくも行行子

往きは右帰りは左行行子

五六人大人寄り合ふつばめの子

老鶯の声あるばかりダム放水

ダムサイト夏鶯に総べられる

郭公のつくりはじめる夜の深さ

露座仏の首へかかれる蛇の衣

瞬間の対峙時間蛇の消ゆ

山門へしの字すがたの蛇のゐる

滝へ行く行手くちなは現るる

砲筒の上へ蜥蜴の攀じ登る

路地口へ構へ正しくひきがへる

亀の子へ寄つてたかつて買はず子ら

袋角触れなば熱きものならむ

瀧しぶき浴びて神慮の染みとおる

虹の橋支へて高層ビルの街

砂の香の立ちて白雨のはじまれる

ナイターの夕立ち止むを待つてをり

雲水の消えて行きたる雲峰

寝違ひし枕抱へて明易し

明易や七仏通偈成り難き

短夜や枕屏風はあらねども

梅雨めくや八十二歳はどの辺り

麦秋や一体かける六地蔵

通販で買うて飲む水薄暑かな

番号札しつかり握る薄暑かな

 

月報2019・05月号・別冊 ※ 2019・04月詠

雑詠抄

 

刈り終える羊にことば掛けてみる

売ろうなど素振も見せず苗木売

緑摘む何をしてると分からねど

智恵詣東海原子力研究所

留石の向う側へと陽炎へる

海市からとどくことばを書き留めよ  ※海市は蜃気楼

夢追へる大道無門蜃気楼

蜃気楼追うては行けぬ日本海

いまをりし嫗ら消える蜃気楼

生きゐるは海市に暮すごとくなり

海市へと寄りて買ふものなどは無し

蛍烏賊食へば現る蜃気楼

象キリン河馬も獏ゐて春惜む

ステッキの用意済ませて春惜む

居眠りの覚めて此の世の春惜む

春惜む記憶のとどめぬ人数多

短針を長針越える四月かな

春惜むひとを惜しめる心地して

震えゐる尾上の松や春の行く

行く春や子規も虚子にも会わねども

春の行く門衛欠伸してをれば

行く春の博多人形黒田武士

行く春や一山一川「むらさきに

春深む小便小僧休憩中

真夜中に小用に立てる暮春かな

云うふならば暮春と言へる日のつづく

爪を研ぐ猫を見てゐて春惜む

春深む粗目の上にカスティラ

さくらぢき浮き憂き浮きと過ごしけり

画廊から画廊へめぐる遅日かな

老人を四方に見かける春の暮

しろがねもくがねも玉も喜見城   ※喜見城は、蜃気楼の別称

日没の曖昧模糊と暮の春

 

 

月報2019・04月号・別冊 ※ 2019・03月詠

雑詠抄

 

生家にて八十余年桜咲く

鳥雲に松風さはぐばかりなり

鳥雲に生者必滅会者定離

鳥帰る尾上の松の震へゐる

古隅田川にけふから春の鴨

生き方に選択ふたつ鴨引きぬ

鴨帰る「スーパーアタック」荷の届く

つばくらめ少年野球タッチアウト

鉄橋を潜りきて去るつばくらめ

燕来る世界情勢変れども

廃業の接骨院へ燕来る

雲雀発つ少年野球ホームラン

夕雲雀美空ひばりと同い年

対岸の落ちる雲雀と発つ雲雀

天国へ高さの足りぬ揚雲雀

雲雀落つ地獄があればその辺り

菩提寺を正王寺と申す百千鳥

うぐひすの声の誘ふところまで

うぐひすや二台駐車す檀那寺

蛇穴を出で来るワイン倉の錠

百千鳥休みしままの登り窯

蝌蚪一つ見えれば蝌蚪の陣構え

蛇穴を出づる世情のきな臭し

叢へ蛇身全身残しゆく

蛇穴を出る震災記念の日

暮六つのころなら亀の鳴くならん

亀の鳴く夕焼小焼け寺の鐘

馬の子の湯気を纏うて生れけり

両脚を順に使うて仔馬立つ

草餅を食うて昼餉の済みにけり

口中の目刺の付ける傷痛む

目刺焼く手元見てゐて買ひもせず

青饅や親しみぶかき地獄絵図

すりこ木の味を加へる木の芽和え

毎日を木の芽味噌にて過ごしけり

含みたる蕗味噌苦きとこしなへ

不覚にも涙を呑める山葵漬

江ノ電や海をよろこぶ遠足児

 

月報2019・03月号・別冊 ※ 詠・2019・02月

雑詠抄

 

捨てるもの捨ててしまへる獺祭

春めくと言つてしまへば春なりし

春めくと互ひに目と目交しつつ

春めくや門前雀羅とならねども

春寒し浦安舞の鈴の音

春寒し箒目きつく立てる海

春寒し鳴子(なるご)こけしの立つる音

奈良にあり天の岩岩屋戸春寒し

春寒や竹林生れのかぐや姫

操るも木偶人形も春寒し

春寒と言へばうれしさ五分と五分

通さるる畳の部屋の余寒かな

礼状へ礼状とどく余寒かな

戻り寒電波時計の受信中

冴返るぐるつと手元へブーメラン

冴返るものに枯ゐる藤袴

石の上(へ)を越え去り行けば春の水

左手へ絵巻進めて春の景

鹿を呼ぶホルンの音も春なりし

白毫を放れ飛びくる春の風

目覚めれば髭の気配の春の朝

春の地震脈拍探るほどなりき

春の野を駆け抜け行ける牧羊神

春なれやバスで行かれるところまで

バス三つ乗り継ぐ春の日柄かな

チャップリンと名付ける猫の恋旺ん

 

月報2019・02月号・別冊 ※ 詠・2019・01月

雑詠抄

 

寒風の中を来たりし顔なりし

襟巻の中に顔ある三宅坂

南天も木賊もそよぐ気配なし

跳太鼓通り過がりの冬の町

大寒や大悪党を菊五郎

後ろ手に戸を閉め行けば冬の雷

ポケットへ早手じまいや冬将軍

寒風のプラットホームむき出しに

大寒の町へ押出す跳太鼓

踏切の鐘ががんがん大寒へ

大寒の尾上の松の震へゐる

戻り橋渡りし日あり寒九郎

つうと来て寒九の鶴となりにけり

寒暁の鐘が鳴る鳴る蓮生寺

この頃や気息とともに日脚伸ぶ

映像に今上陛下日脚伸ぶ

赤べこの頭こつんと春待てる

春を待つ待てども会えぬ人の増ゆ

千手千眼像を蔵せる霜柱

金継の金へ冬日の当たりけり

冬日射す骨董市の金襴手

冬うらら居留守ばかりの動物園

寒晴といふには少し背の足りぬ

ついと来て榾火囲める輪へ這入る

夕焼を塞げる冬の雲数多

振り返る用はなけれど冬の月

寒月や団扇太鼓の過ぎ行ける

寒月やプラットホーム浮き上がる

風騒の心もて見る寒の月

星冴ゆるプラネタリウムドームの上

星冴える銀行赤線跡に立つ

寒昴シルクロードのきな臭し

獄塀の片づけられて北の風

枯野とは心にありて現れる

門前は雀羅ならねど寒雀

朝昼晩終日大寒緩みなし

葉牡丹も郵便受けもひとを待つ

未来あり固く葉牡丹渦を巻く

 

月報2019・01月号・別冊 詠・2018・12月

雑詠抄

 

雪の降る亀戸天神太鼓橋

郵便の届く時間も暮行ける

深谷葱切つ先揃え出で来る

かき鍋の土手の氾濫はじまれる

落葉降る埋もれ顔出す龍の玉

冬の日の渉りて行ける砂の山

つれづれのかかる冬の日馬と遭ふ

四時過ぎてしまへば冬の日は同じ

蔦枯れて家を縛する姿あり

霜焼や迂闊に暮らしゐてあれば

街宣車慌てふためき去りて冬

石蕗の黄や世界平和かかわらず

エプロンの中から生る小蕪かな

花尽きるまで山茶花花散らす

山茶花の花散る萎(しおり)風の来る

山茶花の散れども散れど生き生きと

咳すれば見えねど耳の動き出す

われに羽あればとぞ思ふ(もう)小六月

玄玄と山のありけり返り花

荊妻の育てつぎゐる冬薔薇

短日の気息に合はぬかの一事

旦夕へ石蕗の黄の色つながるる

庭下駄のやつぱり重し石蕗の花

ガスの焔の青筋立てる隙間風

とろろ蕎麦のみどを通る返り花

人責めてをれば風邪(ふうじゃ)の仲間内

いつからか分明ならず風邪家族

風邪声を避ける素振りの起こりけり

風邪声を疎まれながら頼らるる

言訳を風邪の薬の所為にする

十日ほど風邪にからだを奪はれる

黄鐘の鐘の音響く龍の玉

小夜更けて落葉の音に寝落ちけり

四の酉も鰻の味も四百年

うなぎ屋の味の決め手の隙間風

呼び交はしながら生きゐる返り花

遺すものがらくたばかり冬眠す

去年今年黄鐘調の鐘ひびく

 

 

 

月報2018・12月号・別冊 詠・11月

雑詠抄

 

笹鳴や崩れて青面金剛像

二三遍空をめぐりて鷹の去る

動くまで去るまで鷹と根j比べ

ムササビのまづ腹見せて飛び立てる

ムササビの出で来る湯宿消えにけり

冬眠や黄泉平坂どの辺り

冬眠を覚まさぬやうに鍬休み

冬眠の寝息の音山騒ぐ

七五三愛宕神社の男坂

子も母も父も歴階(れきかい)七五三

枯野から思川へと着きにけり

思はざる枯野や一番星の立つ

大枯野見果てぬ夢となりにけり

本法寺までの道の辺しぐれくる

しぐれくる青蓮院の道問へば

しぐるるや粗忽も喜怒も哀楽も

律川も呂川もしぐれきたるなり

しぐるるや妹山背山妹背橋

虎落笛あぶな絵持ちて嫁ぐとふ

恐るものなどはなけれど虎落笛

北風や回転扉空回り

木枯やゆこうか戻ろか無縁坂

木枯や躰廻してやり過ごす

冬空へキリンの首の伸ばしけり

冬雲へ梯子なんぞを架けてみやう

杭一本流れを割りて冬に入る

冬うらら湾へ落込む松岬

矮鶏までの泥棒歩き冬うらら

冬麗や旧武家屋敷曰(いわく)窓

冬の日の果てのありけり山坐る

冬の日の青面金剛像四臂忿怒

冬紅葉博物館の道祖神

道路鏡左右の冬の紅葉かな

かすかなる音にも冬の立ちにけり

後ろ手に格子戸閉ぢる音の冬

笞(しもと)持ち冬帝来る日となりし

牧場に馬嘶く冬の朝

砥部焼も佐波理の茶器も冬構

招かねど位につく冬となりにけり

冬麗や少年野球きらきらと

 

月報2018・11月号・別冊 詠・10月

雑詠抄

 

冬隣思ひ出しゐる普茶料理

次の田のけむりの揚がり秋の行く

冬近し乙女の髪にカチューシャ

秋霖へ籠りゐる日のマンドリン

秋惜む芥子の実青海苔裏寂し

風に乗る秋刀魚焼く香へ急ぎけり

間を置きて鐘の音のする秋ぞ行く

行く秋とともに簗場の消えて行く

松風も馬の尻尾も秋の暮

すさまじや一刹那はた億劫年(おっこうねん)

番組へ地震速報冷まじや

三回も欠伸飲み込む秋土用

うそ寒し厠上(しじょう)枕上(ちんじょう)馬の上

雀らの蛤となる身を知らず

蛤と成れぬ身を知る雀たち

秋の宵パジャマに残る陽の温み

猫のものばかり商ふ店暮秋

この道は谷中へつづく秋の昼

ひとり来てみんなの揃ふ秋の昼

晩秋へ動物園の囲ひ塀

龍淵へ行列つづく渡船場

ジョギングの人の寄り来る下り簗

色鳥や小学校のとよもせる

天の原ふりさけ見ればななかまど

飛火野(とぶひの)の釣瓶落しや鹿の声

暮色やや早くなりたる葉鶏頭

菊膾先のことなど分からねど

こころいまここに非ざる菊膾

水切の五つ輪の立つ秋の声

梯子には臀だけ見ゆる松手入

鵙の声厠の神を知らねども

三上の一つ厠や鵙の声

柿どつさり成りて隠るる猪目懸魚

転んですぐ立ちて右見る秋の暮

水切のひよいひよいひよいと秋の行く

水の秋矢切の渡あるかぎり

面体を帽子に隠す秋の暮

行くものを往くのまかせる秋の暮

水音にこころ騒げる下り簗

 

 

月報2018・10月号 詠・9月分

雑詠抄

 

虫の闇見るも懐かし地獄絵図

松虫の郵便局へ立寄れる

猫の鈴松虫の音に加はれり

戦後とは言はなくなりし虫の声

夕暮れの金木犀の道に入る

煎餅の焼ける香のする秋の風

未来ととふものを見やれば水の澄む

水澄める身辺徐々に片付きて

声だけは確かにあがる薄原

いまありし藍の秋天波に消ゆ

鶏頭やテールランプの消えにけり

北千住駅の暗さも秋の雨

吊橋の空を歩めるななかまど

また眼鏡探し秋の夜となれり

見晴るかす山野豊かやそばの花

秋蟬の残して行きし風の立つ

地球儀の日本の小さしきりぎりす

己が生む己が影踏む彼岸花

鈴虫の鈴の音高原列車行く

色のなき風の満ちくる幾山河

行く道も還る道にも萩の花

秋晴やわらべ唄など口に出づ

花野から返る車窓の黄昏るる

秋の空ほどの高さへ背伸びする

秋の日の背中へ溜る象舎かな

その昔高麗王住まふ曼殊沙華

国原の田毎を埋める曼殊沙華

草草のさびしかるかや吾木香

月読のひかりさしくる百花園

吾亦紅わが半生に波乱なし

行きすぎて二三歩もどる吾亦紅

吾亦紅別の顔もち女人達

秋風や秋澄わたる天守閣

紅萩の中から不意に人現るる

めぐりあひて見しやそれとも秋の風

人間のかなしさ見ゆる酔芙蓉

秋さればへくそかずらと出会ひけり

赤蜻蛉安達太良山を覆ひけり

秋澄むやわが身本来無一物

 

月報2018・09月号   詠・2018・08

ひぐらしの鳴き変わりしは博物館

かき分けて又掻き分ける秋祭

川越えて行く先々の秋祭

ひぐらしの声は哀しも懐かしも

鰯雲筑波の山と富士の山

天心の真青なりけり秋の夜

石の上(へ)に猫の長まる赤のまま

秋風の身の隅々へ入り込む

犬蓼と言へるひとあり赤のまま

白露やかはたれどきのひと消ゆる

ひぐらしやリュック背負て只歩く

ひぐらしを東西南北博物館

秋なれやその日その日の風の吹く

この頃の雲の形も秋の立つ

秋の立つ白光遥か彼方にも

白々と夜の明けにけり秋の立つ

盆僧の去年にも優る立居かな

沈黙と云ふも回答鰡跳ねる

未来予想図Ⅱ(ツー)と歌ある秋の山

蛇穴へ世の中なにも変りなく

遺言(いごん)などなしにくちなは穴に入る

勝虫と云うをはばかる赤蜻蛉

施餓鬼会のいづれまた遭うひとばかり

新蕎麦の期待高まる爺と婆

懐かしき人の住む地や鰯雲

人体の骨格見本秋めける

年金の支給日なりし終戦日

秋めくや前後左右にひと気無く

新秋のなんともなくも光る白

鉢植のりんだう膝へバスの人

秋暑し一木一草打ち眺め

誰(たれ)曰く(いわく)陽関三畳終戦日

ありの身と言えば笑ひの起こりけり

蛇穴へ混迷深き世の残る

役立たぬ鎧兜の残暑かな

手招きに呼ばれ輪の中盆踊