2024・4月号( ~ 2024・4月16日記)

雑詠抄

 

つぎつぎと現るる飛天女しやぼん玉

永き日の上野の山の日の暮るる

白毫も螺髪も美男うららけし

うらさびしのどかなることなれど

三椏の花や謂れの知らぬ寺

うららかや豆腐を掬ふ散蓮華

春はいま夏へ動けり動物園

春曙めでたくもありめでたくもなし

春宵の此世の果ての無きごとく

鏡には老人の居る春の暮

遊ぶ子の声の聞えぬ春の暮

門冠り松の震へる春の風

春昼のけふも戸の開く古本屋

春昼の三次郎一橋跡に居る

春暁の物音一つだに無きは今

春曙ましてや坊の厠かな

春暁の道を清める小糠雨

春半ば何とはなしにうら悲し

 

 

2024・3月号( ~ 2024・3月16日記)

雑詠抄

 

中心は黄色黄帝黄沙降る

糸游や容なさざる自画像も

問ひ問はれあとはうやむや春の風

くつさめの容と為れり薄氷

いまはなむ林住期なる地虫出づ

向うから胸へくるから春の風

春水のつぎつぎとわれ残し去る

一枝の梅の指しゐる曰く(いわく)窓

やうやくに文書き了る沈丁花

おぼろ夜の哀しきことを面白く

蝶生る人はすぐ言ふ天国と

春寒や木々の肌(はだえ)を触れてから

水ありて水あることの春の水

啓蟄やスクランブルの交差点

戯言を取たりやつたり下萌ゆる 

操るはWI-FIなるか陽炎へる

啓蟄や踏んだり蹴たり転んだり

 

2024・2月号( ~ 2024・2月13日記)

雑詠抄

 

雪よ降れ座敷わらしの現るるまで

昼寝せる淡島堂や梅の花

春寒の日々にも慣れてゆく命

天使居るところぞ都春の立つ

竹林のうごけば動くたび余寒

転法輪仏足石も冴返る

冴返る且つての木賊無けれども

雪降れる障子に眼あるらしき

眼前へ姿容の牡丹雪

風あれば蝶の道行道行風のまま

恋猫の闇の津々ありにけり

石畳石の色して下萌ゆる

初蝶やぞろぞろぞろとものの音

六花降る底なし沼と云われつつ

東京の夜の六花となりにけり

中空の色を愛でたる梅の園

古隅田川とふ歩幅イヌフグリ

あはあはとその日の暮るる梅の園

現実の淡淡とあり寒卵

恋猫を通り過ぎ行く救急車

銅像の照りの飛びくる春の朝

気の付けば立春喜ぶ歩幅かな

夢もまた現も寒の中にあり

青大将居ますのビラも寒明ける

糸経(いとだて)や梅川忠兵衛寒牡丹

行く末を何時も見逃す牡丹雪

笹鳴ややたら逢ひたき人の声

梅の名の呉服(くれは)やをと呉服(くれはとり)

さう云へば寒の玉子を取り逃がす

  戯れに

寒明ける三重に巻かるる帯の露

 

 

2024・1月号( ~ 2024・1月16日記)

雑詠抄

 

枯山の大丈夫ぶりを拝しけり

枯山の主なる猫ゐるならむ

冬山の一箇所占める摩崖仏

枯山へ日時計などのあれば佳し

夢に覚めなほ枯山に居るごとし

歌垣の地へと一歩や冬日和

雪嶺や十二神将辰神像

冬の山振鈴心地よく動く

寒山も拾得もいま冬に居る

雪嶺の楷書なるらむ一軒家

雪山を確かに磁北遠眼鏡

枯山も枯野もこころ次第なり

山眠るこころ豊かな時を得て

大麻とふ伊勢の神符や山眠る

釘隠し六葉四葉山眠る

冬眠の睦むかたちへ地震走る

明日があるあしたがあると枯野かな

元日の夜のテレビの道成寺

冬の川芥ももくたも寄りあへる

懐かしきものおとさくと霜柱

銀漢の落ちて固まる氷かな

大雪や能登はやさしや土までも

 

2023・12月号( ~ 2023・12月13日記)

雑詠抄

 

まづ朝の葛根湯や古暦

大根を抱くも担ぐも小学生

本当の枯野へ出会ふまで探す

虎落笛強がる肩を見せにけり

あああれは強がるかたち虎落笛

虎落笛めてもゆんでもせはしなく

使はなくなりにし部屋や虎落笛

失言の跡を追ひ来る虎落笛

雪平の粥に湯気立つ時雨かな

箱庭の崩れ山地へしぐれくる

しぐるるや南部坂道しぐれくる

しぐれく来て松の梢の震へけり

聞香へこころ構へる敷松葉

喫茶去や一年暦真新し

隧道へ這入るしぐれを感じつつ

クレヨンも絵具も赤く返り花

オカリナの音色に乗りて白鳥来

ペンキ絵師脚立担げる小春かな

初霜の靴跡点として残る

道塞ぐ漏水なれば雪催

初雪や有刺鉄線あるばかり

電飾へ青の加はる冬の雷

冬夕焼鴉の三羽来るを待つ

そそくさと行方不明の冬の虹

 

2023・11月号( ~ 2023・11月14日記)

雲外蒼天となむ還り花

北風に背を押さるるはあああはれ

木枯やシャッター通りと云はれつつ

「山の上ホテル」木枯打ちつづく

東京の夜へこがらし加はれり

竹林の捉えてをれる冬の風

冬空を映せる川の底までも

何処までも誰にも遇わぬ冬麗

冬晴の日日ありてオルゴール

冬日和歩幅のび行くごとくなる

冬の日の影を探してをりにけり

出来立てというて白湯出る小春かな

小春かな龍門を瀑見てあれば

今朝冬をよろこぶこころなくなし

雲梯へ滑り台へも冬の来る

過ぐる日の京終駅(きやうばてえき)や冬はじめ

日の暮れをまづ手始めに冬のくる

砥部焼の触れなば冬の音のする

冬全て貫く棒のあるごとし

やうやくに得たる冬日を掌に

三冬のまづ一冬の夜明けかな

起きだしてひゆとふふゆへ這入りけり

此の年の釣瓶落としのどつぷりと

 

 

 

2023・10月号( ~ 2023・10月11日記)

雑詠抄

 

みみず鳴く佳境なりける高齢期

無残やな轢き逃げさるる秋の蝶

こぼるるも群れるも羽搏く小鳥かな

秋の蝶風へ溺れるごとくなり

秋の雲徒競走などしているか

十箇ほど柿を喰いたくなる日なり

紅葉且つ散ることなども佳き齢

指先へ抓んで一位の実の赤し

鶏頭を加へて菊の残りけり

冬瓜の出汁の向うにある世界

八千草の果てに在りとふ彼の世かな

我思ふゆゑにわれあり一の酉

草の穂の行方追へることも旅

白萩に呼ばれて歩く向島

掻き分けて萩の野道へ這入りけり

恋は弧悲薄の原のしろがねに

何時からか我が家へ来る曼殊沙華

琴棋書画一事もならぬ更ける秋

水引の花一本を愛でにけり

秋冷の俄かなりけり傷を得て

 

 

2023・9月号( ~ 2023・9月13日記)

雑詠抄

 

つくつくしかなかなかなとわが行く手

落鮎の関所破りと言へるなり

一瞬の暗さ椋鳥五千余羽

秋の空鞄の中のものの音

むらさきの花の辣韭の砂丘かな

置かれある鋏見てゐる残暑かな

頂きし山葵へ泪して素秋

門跡とふつくつくしつくつくし

かなかなのいづついづつと背比べ

落鮎の落ち行くことのあはれかな

用済みとなりて乳切木雁の列

鵙日和切羽詰まったことのなく

遺言など遺さず蛇の穴ヘ入る

踊子の踊り終れば駆け出せり

かまきりとやや睨めつこしてゐたり

水族館秋思の相の相似たる

秋思かな歳を重ねてゆくことは

水壺も荒神さんも菊薫る

見ゆなら紫式部菊香る

水澄めるこころ模様に色付いて

とどまりて逆走めける秋の雲

茗荷谷伴天連屋敷秋の風

群衆を独り放るる秋の風

芝の上の少し冷たき御居処(おいど)かな

一文字は葱のことなり鰯雲

秋高しそろそろ敵の来る頃か

爽やかや救急車音過ぎにけり

白露いま大名竹へ届きけり

点滴の滴天敵とふ厄日

秋光か残暑か思案してをれり

無花果や刹那淫らなこと思ふ

秀山祭果てて秋意や尾張町

風に色差しくることも秋はじめ

うたたねの覚めて白秋雲動く

素秋なり人へ告ぐべき言もなく

おもしろき事無き事秋はじめ

 

 

2023・8月号( ~ 2023・8月11日記)

雑詠抄

 

臭いものかがしかかしの名を得たる

衣被人生まるごと呑むごとし

露の世の確かにたしかに露の玉

言ふなれば霧の内なる独り言

走り根の貴船へつづく稲光

初嵐過客としての野に在れば

羊羹の角のするどし秋の風

秋の空縁なきことをくどかるる

秋風の色を白とは誰が決めし

舟虫の消えてしまつて秋の風

秋幾たび又幾たびの秋となる

ひまはりの迷路に溺れいたりけり

朝顔や銀河鉄道発ちにけり

軋みつつ長き廊下や九月来る

新涼の木端微塵の音の発つ

残暑とふ名へ変へながらなほありぬ

廃屋へ十薬道を塞ぎゐる

浮いて来い押さへても抑えても

左右から日傘の人のすれ違ふ

羅の人ら声なきこゑ使ふ

山上憶良親しも天の川

白南風やいまを二宮金次郎

ところてん突かれて出でて生きてまあす

炎昼や蜘蛛手の橋のあるばかり

夏草のいのちの浪の中にゐる

夏旺ん態勢不利へ水一杯

炎昼へ同化してゐる手足かな

晩夏とふ寂しきものを惜しみけり

 

 

2023・7月号( ~ 2023・7月11日記)

雑詠抄

 

ラ・マンチャの男白鸚入道雲

手首から先の日焼を笑ひあふ

夏瘦せも何とはなしに自慢めく

彼の日には行きにし巴里祭丸の内

鉾町の屋台へ上る祭笛

何もかも神と見えくる茅の輪かなかな

四萬六千日つまり何年観音さん

乳切木を持ち出す人もくちなはへ

羽抜鶏徹底ぶりを愛でにけり

一山を統べる声なるほととぎす

思ひ切り汗をかくのも四面楚歌

逃げらるるあなどってががんぼに

百足虫見て京都百足屋鉾町屋

不倫とふ話題ひろがる蟬時雨

炎天へ鬼は外とふこと言はふ

蟻地獄十と数へて九品仏

空蟬と家を残して絶えにけり

手から手へ渡り兜虫発光

木(こ)の下の闇から揚羽生れ出づ

先考のことば聞こえず揚羽来る

九十へ四年を残す端居かな

日向水父母坐すごとくなる

舌焼きて両手を使ふ串の鮎

まづ炭の届きし一座鮎料理

 

 

2023・6月号( ~ 2023・6月13日記)

雑詠抄

 

楽しゆうてならぬと大人水鉄砲

足許へ水の打たるるあな嬉し

差入れのための接岸鵜飼舟

香水や屏風の藝の太鼓持

銭湯にのれん蚊遣火オートバイ

騒がしき人の円座へ納まれり

心太一口ごとに顔交はす

水羊羹淡交嘆くこともなし

手伝ひしことあり梅干すことなども

顔ちよいとのぞきて見たき夏帽子

遠景や日傘の人の左右から

日傘なる人やり過ごす坂の道

眴せ(めくばせ)とふ言葉で語る薄衣

御無沙汰と夏野へ会釈して笑ふ

人にある盛りを思ふ日の盛り

日雷目的何も無き日なり

消防の飛沫に虹の生れけり

青梅雨を浴びて若気の蘇る

千年も万年いまも青嵐

物置へ自転車二台青嵐

雲の峰ドン・キホーテ物語

鼠小僧墓碑の欠片の梅雨に入る

木を見ても森の見えくる雲の峰

 

 

 

2023・5月号( ~ 2023・5月11日記)

雑詠抄

 

名にし負ふ長実雛芥子(振り仮名・ナガミヒナケシ)東海道

滝壺へ浮沈の続ける一葉かな

五月くるふるへて一葉枝の先

立夏なり大動脈解離養生も

足許を五月の風の立ち上る

夏めくや何といふことなき日々も

あつけなく胃の腑へ届く冷奴

葛切やいま鎌倉にゐる気分

喉通るいまぞ今年の心太

風鈴の音色の届く地獄から

冷房の支度整ふ竹騒ぐ

抽斗をひよいと出でくる浮いて来い

買うてきし箱の中なる水中花

箱庭のまだ禿山のままなりし

端午なりMLBエンジェルス

家付きの構へくずさぬひきがへる

金魚屋とやうやく分かる金魚店

蠅の来て賑やかな夏はじまれる

孑孒や飼うてゐる気は無けれども

蟻地獄無間地獄も目に見えね

  詩か俳か一升瓶に薔薇挿し 鷹夫の句あれば

薔薇挿してそこに師匠の居るごとく

牡丹や机上へ置けば偉大なる

青葉若葉兼題「葉」にはもってこい  常盤木落葉・杉落葉

吾がために天上天下桐の花

竹の皮脱げり背広を脱ぐごとく

筍や絵にもしやうかすぐ喰おか

筍や姿容は見えねども

十薬の真只中に家の在り

 

2023・4月号( ~ 2023・4月13日記)

雑詠抄

 

花冷の叱咤激励ありにけり

「湯ニークなお風呂イベント」四月馬鹿

この国の行末らしき喜見城

金太郎浦島太郎も喜見城

残る鴨人生この世未完成

権禰宜もをみななりけり八重櫻

山野辺の道に石塚蝶生まる

祭りとは言へぬほどにて獺祭

鷹化して節子真理子と飛び立てり

龍天に昇りて航ける飛行船

龍天に昇りて見えぬものばかり

晩春や決まらぬことの一つあり

さういへば春は曙寝過ごしし

春昼の何時も閉ざせる古本屋

春昼の散歩ついでのエレベーター

春昼の引越荷物道塞ぐ

春昼のただ春昼のあるばかり

わびしさもうれしきものも春の宵

駅前の売朴者の灯春の宵

春の夜をすこし浮かるる切通

春宵のテレビに観てるラブシーン

風に身を委ねてをりし藤の花

朧夜の五右衛門風呂に浸りたし

朧夜や来る野良猫チャップリン

朧夜の「おぼろ月夜」のこぼれ出づ

桜蘂花街の跡とふ言はるる地

 

 

2023・3月号( ~ 2023・3月14日記)

雑詠抄

 

飛天女のふはりと現るる紫木蓮

振鈴のじゃらじゃらじゃらと芽吹きゐる

二羽をりて蝶の道行はじまれる

青き踏む一歩一歩へ戻る過去

草の芽や身体髪膚とこしなへ

黎明に覚めて五体のありにけり

下草の和毛のごとく春の来る

青き踏む使って減らぬ土不踏

春水を驚かしたる鳥のあり

満天星(どうだん)の満開なりし筒井筒

筒井筒満天星(どうだんつつじ)にはたずみ

春昼の矮鶏も雀もみな元気

啓蟄や云はずに済ますことのあり

疼くものありありありと薔薇の芽

朱唇もつ仏の春の眺めかな

うでたまごくるりと春へ転じけり

春なれやマスク外してゐることも

うららかやチャップリンとふ猫の来ず

 

 

 

2023・2月号( ~ 2023・2月14日記)

雑詠抄

 

雪来ると色めく老爺逝きにけり

朝から昼待ちても来ない春の雪

春の雪匂ふがごとく竹林

食みこぼすこと叱らるる春の雪

茎立の茎の間合もわがくらし

身辺のややさはがしき蝶の昼

冬眠を覚めて虫・蟲御宝前

銀箔の黒の息つぐ春の闇

草の芽も牡丹も芽吹く菖蒲園

糸経(いとだて)を背負うて冬の牡丹かな

春めけるそうだ帽子を変へてみよう

満天星やまことしやかな嘘ばかり

犬連れる人は美人と言へる春

犬よりも猫の目につく木の芽時

切り株へ座れば春の気配あり

恋猫の破れかぶれの声挙がる

天意とし地上へ春の雪届く

手を打てば「はい」と応へる梅の花

雪弾く竹を倣うて転びけり

木の芽吹く八紘一宇の碑のありて

切株へ腰を下ろせる春よ来い

牡丹雪地上へ降りて姿消す

厠から覗き見をする牡丹雪

雪折れの香り立ちたる渡り廊

 

 

2023・1月号( ~ 2023・1月12日記)

雑詠抄

 

冬眠の獣もそろそろ飽きてをろ

氷上の初めの一歩宙に足

探梅や山川草木神々しく

虎落笛悉皆浄土豊なる

初日の出豊山寶暦いただきて

餅を焼く間をも充電中なりし

寒に入る一寸ほどを背伸びして

寒に入る奈良に在りにし日吉館

松風も大名竹も寒の音

小寒の来るぞ来るぞと待つてをり

大寒へ腕立て伏せを二十回

真北(しんぽく)も磁北(じほく)も寒のうちにあり

寒四郎三次郎一橋泪橋 ※橋づくし

日本橋堀留町の寒暮かな

冬の夜を水戸黄門漫遊記

一刹那なれども冷たきものに触れ

己が顔かくも冷たきものなのか

魚店のよくぞ揃へる寒さかな

寒きもの今もむかしもガード下

御賓頭盧さまの寒さも温かし

只眠くなつているなり冬深む

キリン舎にキリンの居らず冬深む

 

 

 

2022・12月号( ~ 2022・12月13日記)

雑詠抄

 

笹鳴や馬頭観音目鼻立ち

もがり笛殯は遠くあるばかり

年守るつい深爪をしてしまひ

初日の出門前雀羅よしとして

初日の出待つ間を剝いてゐる蜜柑

指(および)まづ汚してからの筆始め

この頃ゆ姿を見せず嫁が君

俗名の古りてしことも小春かな

チャップリンの杖とぞ連れて初日の出

喜怒哀楽ポインセチアは色変へず

冬囲秘密なんぞは無けれども

数へ日の日日玉のごときかな

妹背山婦女庭訓返り花

宣言か予言か冬の夜の音

師走とはこの頃言はぬ十二月

年の瀬や二三スイッチ入れてから

花つ手野良猫チャップリン高足で

年の暮帽子何処へ行つたやら

未だ見ぬ日月濃ゆし年忘れ

北窓を塞ぐ此の世に永らえて

半眼に小春日和の小半時

水をもて泥蓮根と闘へり

鴛鴦の水脈きらきらときらきらと

 

2022・11月号( ~ 2022・11月12日記)

雑詠抄

 

吊し柿蒼穹深くなりにけり

秋の蚊を殺めしのちの科ごころ

あとさきのことはともかく草じらみ

大盛に飯を装うて山装ふ

鬼柚子へわが根性を尋ねやう

野良猫も夕刊も来る花八つ手

白鳥の到来日和と思ひ居る

無用の用重ね続けて秋ぞ行く

馬の尾ののの字を描ける秋の行く

墨硯水指錆びて一の酉

弟鷹(だい)と兄鷹(しょう)辞書に教はる冬立つ日

冬の立つ暁ならむ新しく(あらたしく)

新しく日日ありて秋深む

 

 

2022・10月号( ~ 2022・10月12日記)

雑詠抄

 

さめざめと釣瓶落しの中にゐる

色変へぬ松のすがしき日々の在り

一日を釣瓶落しへ納めけり

水澄める補陀落山の見えねども

二荒山普陀落山とて秋思かな

終点は始発点なり秋の山

日の射して埃浮き立つ秋思かな

迂闊にも白湯に舌焼く葉鶏頭

秋の日や石像裏は陽根さん

虫の声あれは本当に虫のこゑ

弱虫は何時も弱虫蝗捕る

いま空き地億千万円猫じゃらし

眼前に精霊蝗虫観世音

風あれば風に纏はる猫じゃらし

花野行くいふままきまま風の径

身を隠すことの不向きや薄原

凡凡と日がな一日や小鳥来る

今生を釣瓶落しへ委ねけり

猫じゃらし遊ぶ子供の声のせず

右へまた右へと迷路秋櫻

二の酉へ警察官の参集す

色の無き風やメリーゴーランド

色の無き風を彼の人纏ひ来る

菓子鉢をあふるる煎餅豊の秋

像の耳ぱたぱたぱたと秋の風

何時の間に鳩の先導菊花展

菊の香や母の歳にはまだ遠し

秋澄める高齢者とて一括り

秋思かな首延べ歩むキリンゐる

星流れ秋思攫つて行きにけり

山上億良ぞ詠める銀河かな

 

 

2022・9月号( ~ 2022・9月15日記)

雑詠抄

 

五右衛門にあらず朝顔二階まで

この月の月へキュバンルンバ踏む

金秋や電波へ乗っホームラン

秋風の平凡は佳と吹き抜ける

甕担ぐ人と出逢ふも秋の風

足許へ汐の差しくる盆踊

秋光も矮鶏も元気な社かな

ひと打ちの石の手応へ蛇穴へ

金秋へ降らせてみたき六花かな

何処からも人の湧き出る秋祭

見えねども風の見えくる薄かな

花芒触れてはならぬもののやう

あの人の薄の中へ消えゆける

見てならぬやうに秋蝶飛び立てる

闇中へ秋の夕焼け残りゐる

入相の鐘やナンバンキセルあり

竹矢来百日紅も秋に入る

手にするは誰彼経たる丹波栗

秋の鯉仮の名で呼べ集まれり

穴惑目にすることは無けれども

秋澄める水平線は円み持つ

ゴジラにも生れし地のあろ秋の空

秋澄めり善人悪人隔てなく

ウクライナ悪しロシアな悪し鰯雲

白鷺のついと飛び立つ風白し

箒目の石へ秋光影を生む

秋光や箒目立ちていさぎよし

犇めける場外馬券売り場秋

秋祭宝引き綱の眠りゐる

駄菓子屋へ大人の集る秋祭

勝虫の一気にゆきて水澄める

 

 

 

 

2022・8月号( ~ 2022・8月12日記)

雑詠抄nuriko

 

大仏にふれて手を焼く厄日かな

彼一語応えるわれも黒葡萄

原爆忌などと呼ばるる残暑かな

金秋の用なき用へ対しつつ

けふからの音色も色も秋の色

綿埃不意に飛び出す秋はじめ

蟻地獄人にも地獄見てみたし

立秋やのり巻き稲荷ちらし寿司

秋の立つ浮いてこい来い浮いてこい

立秋の朝と気の付くストレッチ

ブルースの煙りの中の残暑かな

血管の青く浮き立つ秋暑かな

秋めくや挙措悪口をつつしめば

秋立つや蟬の抜殻さくさくと

秋めける夜も青色空のあり

秋天の一瞬たりともとどまらず

一蝶のどこまで昇る秋の空

蟻の行くあなスクランブル交叉点

喚鐘の打出ゐたる涼新た

 

2022・7月号( ~ 2022・7月13日記)

雑詠抄

 

蟬しぐれ移動販売パンの店

夏の月月へ月へと灯の灯る

夏の夜をカットグラスの活き活きと

平凡といふこと愉悦半夏生

進みゆく日月淡し半夏生

七月の笹の葉揺らす風青し

あらためて腐草蛍となる夜かな

積読を叱られながら梅雨明ける

銃撃死炎昼にはかに広がれる

夏の夜の走れる雲へ「何処へ行く」

明易き急がぬ日々の暮しにも

明易きなほ明易き妻のゐる

口開けてよりくるは鯉半夏生

只暑し暑しと言ふて遣り過ごす

抱かるる赤子は言はぬ暑さかな

涼し気に四つも五つりんご飴

金箔のふはりと着地涼し気に

能管の真の一声あな涼し

涼しさや一軸前へ膝行す

昼暗く一間ありけり夏の家

ゴジラでも来さうや雲の峰育つ

雲の峰八岐大蛇闘へる

浅草へサンバの通る雲の峰

上皇さまいな上皇陛下汗の中

 

 

 

2022・6月号( ~ 2022・6月10日記)

雑詠抄

 

青田から青田を渉るものぞ見ゆ

青田見て気も背も太くなりにけり

疾く疾くとスローモーション見せる滝

滝壺の一葉の浮沈見せてをり

持ち時間などは知らずに滴れる

滴れる光陰億の重さもて

洞窟の手彫りの痕や滴れる

室生寺へまづは滴る磨崖仏

とどまれば皆もとどまる清水かな

いくたりの人と出会へし泉かな

山門を横抱きしてる青大将

迷ひ出ることはわれはも蜥蜴にも

石に足とられさうなる河鹿笛

河鹿笛此岸彼岸を繫ぎゐる

この頃を人の恋しや雨蛙

学校のプールへ着地青蛙

この町へ八五年蚊食鳥

かはほりや川より低く葛飾区

十薬やうしろの正面美少年

黴てなほわが青春のスクラップ

黴湿り家へ預けむ青き空

 

 

2022・5月号( ~ 2022・5月10日記)

雑詠抄

 

手足ある魚と言はれて山椒魚

われといま対面中のひきがへる

蟇構へて月を見てをれる

梶の葉の揺れにぞ揺るる青蛙

南大師遍照金剛青蛙

眼前の水へとどまる鹿の子かな

片方に桃色潜む袋角

一打もて駆け抜けゆける氷雨かな

遠雷やスマートフォンへ指走る

隣家から訃音の生る走り梅雨

死を秘める隣家の気配青簾

青しぐれ全身浴びることぞよし

 空海は、

人は皆すでに仏と風薫る

一群れを抜け出る馬や青嵐

夏の月遠くを電車走る音

つなぐ手の指を組交ふ夏の月

平蔵も吉右衛門も亡き薄暑かな

ざぶざぶと湯から上がれる立夏かな

過ごし来し八十五年夏に入る

彳みてひとりに余る緑かな

 

 

2022・4月号( ~ 2022・4月10日記)

雑詠抄

 

花冷のスマートフォンへ使ふ指

春惜む少しく気魄見せながら

これといふことのなけれど春惜む

花曇橋を渡れば隣町

草餅のまんまるすぎて物足りぬ

追へば退き引けば逃げ水追うてくる

一歩二歩三歩進みて春惜む

視力もとに戻りて春を惜しみけり

眼帯を外してもらふ暮春かな

遅き日や白内障の手術後を

永き日や仏足石に魚眠る

さしもぐさ土手に転べる日永かな

春の闇黄泉醜女の潜みゐる

白檀の香を残す手春の闇

花咲くは釈先生の家なりし

三椏の花や関守石ありぬ

百ほどの花を繫げば雪柳

天袋そして地袋春の闇

救世観音落し角にも逢い難し

落し角興福寺には阿修羅像

 

 

2022・3月号( ~ 2022・3月10日記)

雑詠抄

 

うららかや門前雀羅といふなめり

よよと泣く舞台按ずる春の宵

春の宵ぽつぺんぽこぽこ更けにけり

春宵や待ち人ならぬ黒猫来

春宵のセロリの香り立ちにけり

無用の用為さんと春暁目覚めけり

松風やけふの彼岸の日和なる

松ぼくり三つ拾えば彼岸寺

彼岸寒互ひに言ひて分かれけり

池の面のなにさはがしき彼岸かな

水玉の光りて落ちる彼岸かな

彼岸とて何するでなき此岸かな

春分や菩提寺住持大丈夫

鷹鳩と化してこどもに追はれゐる

啓蟄や下水工事の道の穴

啓蟄の御広(おんひろ)前を泥の靴

啓蟄の賑はひつづく袴腰

啓蟄の出それび虫へ声掛ける

身の回り飾るもの無き獺祭

魚は氷に上りワクチン接種の日

ふらここの天地無用に委ねゐる

応答に乖離ふくらむ春や寒

春寒の日々にあるなり春寒し

春寒やあした待たるることありき

三寒も四温も駅の大時計

青き踏む踏まれ応ふる日本国

禅寺のいまを賑はう土筆かな

梵鐘や眼なくせる蛍烏賊

切通紅梅白梅子供たち

白梅の沈丁花へと陽を回す

 

 

 

 

2022・2月号( ~ 2022・2月8日記)

雑詠抄

 

たんぽぽのぽぽと日本春めきぬ

日本の春のはじまるつくしんぼ

薄氷の微笑のかたちみせにけり

帽子掛ありて春立つ歯科医院

掌上に春の陽ざしの来たりけり

寒卵剝きてし陰陽兆しけり

一病は抱へ行くものイヌフグリ

身中に沸きくるものぞ春の潮

春なれや動物園のキリン達

形あるものは翳生む牡丹雪

雪華図譜ぬけてきたのか牡丹雪

唐破風と千鳥破風なり梅の花

そうやけふ旧正月や鰻食ふ

大根を抱きて飛びくる二月かな

寒明けて身体髪膚ゆるびけり

撥ねる魚跳ねるにまかす寒の明け

二ン月の様相見せる菖蒲園

寒明けの顔揃ふ湯浴みかな

電線の引あふ町も寒明くる

早春の光鬣(たてがみ)尻尾にも

言ひさして止めることばの冴返る

余寒とふことばに酔うてゐるばかり

待針の布を埋める余寒かな

 北京冬季オリンピック速報

ノーマルヒルジャンプ日本冴返る

 

 

 

 

 

2022・1月号( ~ 2022・1月10日記)

雑詠抄

 

浄土より地獄ぞ恋し冬夕焼け

雲片々冬夕焼の茜色

チャップリンと名付けし猫の着膨れて

何時も来る猫へ挨拶霜柱

着膨れて積読本の増えゆけり

自分では着膨れなどと思はざる

蒲団干しその家の暮し見せにけり

豆撒の大声だしてゐるつもり

探梅の五重塔の後ろまで

過ぐる日の元林院町いま寒し

狐火を見しと言ひつつ目瞑れり

荒行の湯気立ち上る氷瀑かな

山川草木悉皆浄土瀧凍てる

凍滝の破れかぶれの一所かな

瀧凍てて矜羯羅童子目を剝ける

両手にて氷柱扱ふこどもたち

垂氷にて閉ぢ込めらるる地蔵尊

霜柱踏めば大地の声のする

双六や眠くなりても止められぬ

断捨離といふもの何ぞ福笑

氷とふ容となりて冬の川

冬の川芥となりて洗濯機

掬ふ手に湯気のまつはる寒の水

去年今年俳句遊びの更けにけり

竹馬を使ふつもりの顔の色

大福をつまみ加はる福笑

冬眠の熊へ会ひゆくごと眠る

得たりやおう番付得たる初湯かな

初芝居さもさも若し菊五郎

 

 

2021・12月号(11月詠・~12月9日記)

雑詠抄

 

冬眠の寝息漏れくる竹林

人も又冬眠の隙欲しをり

きりたんぽ熊牧場を経巡りて

枯野から六郷満山ぴいひよろろ

天然の美とも歌はれ山眠る

コロナ禍やインフルエンザや山眠る

霜降りし気配ありけり御門跡

海端の倉庫連なる虎落笛

無一物などと言ひをる着膨れて

木枯の序破急つづく松並木

木枯や鯉すむ池の中までも

冬空へメタセコイアぞ大丈夫

日の暮れや一陽来復葛根湯

包丁を冬至南瓜に奪はるる

小春日の樹齢案じる高野槇

箒入れどこをどうする敷松葉

ここからを結界なりし敷松葉

その中にチャボゐる社小六月

チャイムなるセールスマンの顔の冬

日時計の赤色黄色冬立てり

紅葉散る放生池も三門も

禅寺の気息の中の冬紅葉

松籟や冬へ這入りし事確か

晩年といふ語は知らず冬に入る

 

 

 

2021・11月号(10月詠・~11月4日記)

極楽も地獄も知らぬ小春かな

冬に入ること懐かしくなりにけり

いつも来る猫のまだ来ず冬立てる

区会議員選挙の声や冬隣

秋行けるそうだそうだと応へあふ

柿熟す人間さまも見倣へと

伝法院前にて秋を惜しみけり

秋逝ける行くならどこへでも行かう

剝製の熊と出会へる秋の暮

冬となる残る一日の晩御飯

 

※今月は機を失し不作限りなし

 

 

 

2021・10月号(9月詠・~10月4日記)

雑詠抄

 

登高す地面をつかむ足の指

栗ごはん金満家には為れぬけど

とんぶりや生保内節と聞きとめる

昔男ありけりなどと薄原

ゴールポストまたも移してとろろ汁

大山と申してをれる新豆腐

電子辞書三つを使ふ秋灯

あれこれと思うて言はず扇置く

秋扇能楽堂へ置いて来る

門冠り松(もんかぶりまつ)の手入や脚立あり

人見えず松の手入の香りけり

添水鳴る昼間の音を消しながら

婆娑羅ぶりみせて倒れる案山子翁

たはむれに引きては鳴子応えへざる

光るものなんでも吊るす鳥威

威銃双体道祖神の村

一山の片側崩れ威銃

水逃がすばかりなりけり崩れ簗

増深井小面発の秋思かな

既視感(デジャビュ)から放れられざる秋思かな

渡り鳥置いてきぼりにならぬやう

色鳥の何を目当てにわが家へ

菓子箱のきのこの山へ小鳥来る

猫もまた小鳥も来てる午後三時

稲雀云ひたきことがあれば言へ

 

 

 

2021・9月号(8月詠・9月7日記)

雑詠抄

 

鳥渡るちゃんの君(くん)のと交しつつ

耳かきの用には余る花すすき

確かこれへくそかづらと申すなり

尋ねれば案山子姿のチャップリン

担がれて用のなくなる案山子かな

旅宿とは違ふ我家の秋灯

譲りたる硯を洗ふ夢の中

秋の浜足跡つけて二人づれ

玉簾稽古三味線漏れてくる

荒彫の獅子の頭や赤とんぼ

水の澄む人は濁世と云ふけれど

頁繰る秋はその辺ま来てる

秋雲や頻りに叫ぶ救急車

ふらここも平行棒も残暑かな

此の秋とはやも仕留める万華鏡

立秋の何ともなしに寂しかり

秋立つやおろしはじめのボールペン

初秋の温泉宿の籐寝椅子

蛇穴へ眼残して行きにけり

線香の煙り騒がし秋の風

釣鐘は無言つらぬく秋の雲

秋の空北行南行雲二段

馬は顔伸ばして秋の日の深む

引き出せぬ記憶と遊ぶ秋の山

 

 

 

2021・8月号(7月詠・8月6日記)

雑詠抄

 

涼風の大名竹の姿して

夕凪や出勤急ぐひとのをり

帽子とり姿勢ただせば土用凪

その主旨のよく伝はらぬ暑さかな

揚羽蝶山門不幸へ急ぎゐる

誰彼も暑し暑しと笑ひあふ

炎天をおして銀座の昼御飯

三伏やきしきし細胞分裂す

待つことを涼しきことと思ひゐる

一声や涼しく能のはじまれり

魚版から音の飛び出る涼しげに

寝仏の足裏の灼けてをりにけり

石垣へ炎暑の焔立ち上る

人体の骨格模型大暑かな

暑しともまた涼しとも正座して

遭ふごとに暑し暑しと帽子脱ぐ

逆光の闇の中なる晩夏光

梅雨明けや生れし地に住み八四

蟬の羽化オリムピックに敗者をり

広前へ揚羽蝶くる音させて

炎帝へ大丈夫とし対しけり

雲の上に誰ゐるならむ夏旺ん

又逢える日までわからぬ走馬灯

フラフープ使はままや鳳仙花

 

2021・7月(6月詠・7月1日記)

雑詠抄

 

ぎやうぎやうしその名の高しぎやうぎやうし

仏法僧仏法僧の一間にて

山中へ電話の届く閑古鳥

此の先の針路の有無や雲の峰

ほととぎす五百羅漢の目を覚ます

羽抜鶏気弱や一歩二歩三歩

神木の幣にかかれる蛇の衣

青大将人それぞれの長さ云ふ

牛蛙先住民の面構

夏草や太古の匂ひ知りたくて

喜怒哀楽春夏秋冬一刹那

炎帝へ大丈夫とは言はねども

ワクチンの接種加へる夏百日

涅槃図の巻かれて眠る夏書(げがき)かな

炎天や有為奥山へ近づける

噴水の風のとどける飛沫かな

噴水の腰折れしてる雲の峰

身の奥へどくどくどくと雲の峰

吉野湯ののれん漏れくる蚊遣香

梅の実の真赤や昔女の子

雲の上(へ)に誰居るならむ夏旺ん

螢火の身体髪膚応ヘあふ

 

 

2021・6月(5月詠・6月6日記)

雑詠抄

 

待つとなく心の待てる梅雨入かな

梅雨めくや明日待たるることありて

一句得るわが半生記半夏生

ゆでごろはアルデンテとや雲の峰

雲の峰行けども行けど往きつけぬ

雲の峰黄泉平坂なぞ見えぬ

清騒(すががき)の騒ぎの絶ゆる夏の月

寺町をしつぽり覆ふ青しぐれ

五重塔跡地を攻める緑雨かな

留守居とふひとりの梅雨の深まれり

虹消えて童話の国の醒めにけり

放送を遮断させたるはたた神

まづ風の音たてつづく氷雨かな

大水車ここから夏野はじまれり

滴りの目鼻を覆ふ崖仏

牡馬牝馬見分けのつかぬ青嵐

引こ抜く(ひっこぬく)毒だみからの力水

 

 

 

2021・5月(4月詠・5月10日記)※表記変更

雑詠抄

 

予後いまを夏として迎へけり

五月くる八十四歳誕生日

散髪の後の立夏の風なりき

群青の五月の色のボールペン

群生の声の密かや五月くる

風五月帽子手に持つ天守閣

杖使ふことにも馴れる清和かな

夏立てる松籟の音色にも

余所の子の遊ぶを見入る立夏かな

立夏かな木偶人形の歩き出す

夏めきしコロッケ餃子商店街

麦の秋関東平野砂塵立つ

麦秋の日暮れとなりぬ老ふごとく

急ぐことあるやうでなく明易し

レトルトの海軍カレー大南風

吾が身辺ぐるりぐるりと南風

風薫る荒川土手や母の亡き

卯の花の腐す父母笑まふ夢

走り梅雨テレビ中継甲子園

元小結麒麟児の死鯉のぼり

 

 

 

 

 

2021・3月(4月10日記)

雑詠抄

 

青き踏む天智天皇夢枕

チャップリンと名づけし猫の恋をする

銭湯の夜の帰りを恋の猫

亀の鳴く聖徳太子慕はしく

亀の鳴く積読本のそこかしこ

蛇穴を出てくることを何億年

音立てず老人暮らす百千鳥

野仏の駆け出しさうに揚雲雀

つばくらめ芭蕉葉茂る写真館

バスの来て燕の来たる山の町

燕来る母校建物三代目

引鶴の委細を見せず引きにけり

賑はしや白鳥あした帰るらし

鴨帰る老人ばかり残されて

鳥雲に処分決まらぬ本の嵩

鳥雲にホテルに聖書置かれある

囀や雲鬢花顔金歩揺(うんびんかがんきんぽよう)

海底の離宮から来るさよりかな

花冷の国立図書館地下四階

花冷の黄泉平坂見失ふ

花冷や黒く甲冑玻璃の中

かぎろひの中へ多くの人送り

己がじし己がかぎろひ連れてゐる

蛤つゆのほどの濁りをもて暮らす

気の付けば蝶の行方をわが行方

三叉路を蝶との別れとなるならむ

花冷の関の孫六抜身にて

遠巻きに蜂の巣のある御賓頭盧(おびんずる)

パン工房自動の扉春ならひ

以下略

 

2021・2月(3月15日時期遅れの記)

2月分、パスで済まそうと思いましたが、遅刊として…

 

雑詠抄

 

桃の日の菓子の桃色手に溢れ

捨て雛の去年に増したる飾り壇

春休みそう呼ぶ休みありし日々

春服のやや風通しよくなりぬ

病者には眩しすぎたる蒸鰈

春の日や保存療法なる治療

目刺から藁しべ一本抜きにけり

到来の干鱈焙りて養生す

春燈の病者の影も生れゐる

明後日も明明後日にも灯る春

病状をはがきへ記す春燈下

来信のスマホに溜まる春の闇

北窓を開きてぬつとありし壁

青き踏む病躯を妻に見つめられ

薬狩閃光ありて覚めにけり

標野行き紫野行き春の夢

ぶらんこは漕ぐべし人は生きるべし

春眠の底から深きところから

そこからを一歩出られぬ春の夢

春興や何か忘れてゐるやうに

春意やや我意に揃はぬ雑木山

春愁の委細忘るる春愁ひ

 

 

2021・1月(1月25日記)

年の瀬を一瞬ちらとしICU

病棟へ移りて気づく師走かな

去年今年急性大動脈解離得し

白描や令和三年年明くる

病室へ物音届く三が日

病室の人入れ代わる七日かな

寒に入る施薬七粒糧として

 

2020・11月(12月5日記)

雑詠抄

 

黒々と冬木の道へ入りにけり

落葉踏む落葉のことば聞きたくて

落葉降る六道輪廻途中なる

山門の落葉の中へ消えゆけり

一本の眉毛の白し冬紅葉

ときじくのかくのこのみと見て飽きず

非時香菓(ときじくのかくのこのみ)を掌中に

掌中の蜜柑の黄金光りだす

侘助や爛柯の争ひひそひそと

冬桜一山人の埋もれゐる

室に成るバニラの莢を信じ得ず

凍鶴や頑固爺と呼ばるるも

日月の凍れるごとく鶴凍てる

脚前へ突きだし鶴の着地せり

鶴の鳴く声の聞こゆる濁世かな

水底の何見てきたるかいつぶり

潜りたる鳰のその後の行方かな

聞こえねど磯の千鳥の揃ふ声

宇宙にも人の働く浮寝鳥

むささびのどさと着きたる音のする

山眠る徐福神社を抱きながら

黒文字の端(つま)を噛みたる初時雨

心中の邪鬼の声なる冬の雷

北風へ大道無門と呟ける

こがらしや赤青黄色街明かり

木枯や午後の三時のカプチーノ

日ノ本を覆ひつくせる冬の雲

半身を冬の日向へ寝釈迦佛

冬の夜やヘッドホーンの音の中

遊ぶ子の居なくて見えぬ日の短

短日やもち菓子店の売り仕舞

小春日の野良猫ブルと相対す

小六月天国地獄極楽も

北アルプス越えし風来る冬の町

冬の日の役には立たぬ花時計

おんおんと空気を渡る冬の鐘

冬の日の鏡へ全身曝しけり

歳月や眼前冬の日のありし

 

 

2020・10月(11月6日記)

雑詠抄

 

菊月や鼻歌湯島切通

蟋蟀(きりぎりす)戸に在り家に妻の在り

蛤とならぬ雀へ米を遣る

夜寒さのこの懐かしき寒さかな

夜寒さを言へば出でくるモンブラン

霜降の日なり舟歌ラジオから

霜降の日なり遠山黒く立つ

味噌汁の湯気立ちのぼる肌や寒

肌寒やテレビに映る小津映画

うそ寒や野良猫ブルのもう来てる

平静に事こそこなす冷まじき

対しゐる無言の人の冷まじき

秋寂ぶの駅前通犬の行く

語らざることと決めゐる秋深む

馬の尻列なり行ける暮の秋

暮の秋一点黒く牛のゐる

秋の行く電車ごっとんがったんと

向う行く都電や秋の行くごとく

行く秋を追ひかけながらスマホ打つ

能管の真の一声秋惜む

日の丸の国旗掲げよ文化の日

何事も十日の菊と言はれをり

少しだけべつたら市へ道違ふ

炊き上がる以前に知れる零余子飯

太陽を頂くごとく栗ごはん

菊膾胡坐を正座に正しけり

氷頭膾(ひづなます)などと言はれて食しけり

手を入れて形整ふ新豆腐

松手入兵庫小路を塞ぎゐる

去年愛すシャツの出でくる冬用意

 

 

2020・9月(10月5日記)

仲秋のある日の寒さ託ちをり

仲秋の鹿の角なる刀掛

九月なる空を目指せる観覧車

鐘楼の鐘の音の生む白露かな

白露かな指に確かむ四方竹

何がなくもの失へる秋彼岸

御砂踏五百羅漢も秋彼岸

竜淵へ潜む齢を愉しめる

見えるもの聞こえるものや秋の空

食べ物の匂ひ満ち満つ秋の暮

秋の暮枢(くるる)を落とす音のする

剝製の熊と見える(まみえる)秋の暮

秋の夜の積読本の崩れけり

目の覚めて夜長の妻と顔合す

秋澄みぬ刺身こんにゃくのんど過ぐ

秋澄める迦陵頻伽の鳥兜

耳澄ます秋気の音を聞きたくて

冷やかやもの失ひしことあれば

冷やかに花瓶置かるる一間なり

歳時記に知人の句あり秋うらら

秋麗やこの世の先をよく見れば

秋の日の鋼のごとく張り詰める

秋晴の筑波や案山子のチャップリン

どんぐりの種別の思案秋日和

清洲経て永代橋へ秋日和

秋色の光ぴかりと仏ゐます

つぎつぎと雲の生るる薄原

その中の切なるものや秋の声

目に見えぬ戦ありけり天高し

山川を統べて月光生まれくる

月白やくれはとりあやはとり

過去未来あはひを生みつぎ鳥渡る